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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)284号 判決 1983年9月16日

上告人

ダイハツ工業株式会社

右代表者

大原榮

右訴訟代理人

山田忠史

平田薫

被上告人

乙川二郎

右訴訟代理人

松本健男

西川雅偉

在間秀和

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。

前項の部分につき、被上告人の請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田忠史、同平田薫の上告理由第一について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

一事実関係

原審の確定するところによれば、被上告人に対する第二次出勤停止処分及び懲戒解雇に関する事実関係は、おおむね次のとおりである。

1  第一次出勤停止処分について

(一)  被上告人は、上告人の池田第二工場製造第三部組立課西阪組に組立工として勤務していたが、昭和四六年一一月一四日東京都内で行われた沖縄返還協定批准阻止、佐藤内閣打倒を訴えるデモに参加し、兇器準備集合罪等の被疑事実により逮捕され、同年一二月六日まで勾留された。

(二)  被上告人は同年一二月八日西阪組に出勤したが、西阪組では被上告人の欠勤中に作業の編成替えが行われ、被上告人は余剰人員として取り扱われることとなり、西阪組での被上告人の専属の持場はなくなつていた。そして、西阪組長が、現場従業員の労務管理を担当する勤労部労務第二課のかねてからの指示に基づき、出勤して来た被上告人に対し、勤務に就かずに直ちに帰宅し、翌朝八時に事情聴取のため労務第二課へ出頭するように命じたにもかかわらず、被上告人は、右命令に従わずに西阪組の元の持場で作業に就いた。

(三)  被上告人は、翌九日、労務第二課へ指示された午前八時には出頭せず、午後二時ごろに至つて出頭した。

(四)  被上告人は、同月一三日にも、労務第二課へ出頭するよう同課長から指示されていたにもかかわらず、西阪組の元の持場において就労し、西阪組長らが、労務第二課から事情聴取を求められていること、被上告人の持場は編成替えによつてなくなつていること、現場としては事情聴取が終わらない限り作業に就かせるわけにはいかないことを説明して労務第二課への出頭を促したが、これに応じなかつた。そこで、上告人は、同日、被上告人に対し、何らかの処分があるまでの就労禁止及び自宅待機を申し渡した。しかし、被上告人は、同日の終業時まで西阪組の元の持場において就労した。

(五)  そして、被上告人は、同月一四日から同月一七日まで連日にわたつて、右自宅待機命令を無視して池田第二工場構内に入構して就労しようと試み、これを阻止しようとする警士らともみ合つた。

(六)  上告人は、同月二〇日、右(二)ないし(五)の行為をした被上告人が上告人の就業規則七三条四号所定の「正当な理由なしに職務上の指示命令に従わない者」に該当するとして、被上告人に対し、同月二一日から昭和四七年一月二一日まで二〇日間の出勤停止処分(以下「本件第一次出勤停止処分」という。)に付する旨の意思表示をした。

2  第二次出勤停止処分について

(一)  被上告人は、昭和四六年一二月一八日、就労要求のゼッケンを着けて池田第二工場構内への入構を試み、これを阻止しようとした警士らともみ合い、警士のすきを突いて構内の鈑金工場付近まで入つたが、警士らに取り押えられた。このもみ合いによつて、警士一名の腕時計が破損し、警士二名が発赤ができる程度の負傷をした。

(二)  被上告人は、翌一九日、就労要求のゼッケンを着けて池田第二工場構内への入構を試み、これを阻止しようとする警士らともみ合い、警士らに会社の手先であるなどと暴言を吐いた。その際、警士一名が前胸部打撲傷の傷害を受けた。

(三)  被上告人は、本件第一次出勤停止処分は不当で承服できないと反発し、出勤停止期間中連日のように池田第二工場の門前でビラを配布した。ビラは、主として被上告人に対する自宅待機命令、本件第一次出勤停止処分の不当を訴え、就労を要求するものであつたが、その中には上告人の経営方針、労務政策一般を過激な表現で非難するものも含まれていた。

(四)  上告人は、昭和四七年一月二一日、右(一)ないし(三)の行為をした被上告人が前記就業規則七三条四号に該当するとして、被上告人に対し、同月二二日から同年二月一五日まで二〇日間の出勤停止処分(以下「本件第二次出勤停止処分」という。)に付する旨の意思表示をした。

なお、上告人においては労働組合員を懲戒処分に付する場合には労使で構成される懲戒委員会の議を経る慣行となつており、本件第一次出勤停止処分についての同委員会は昭和四六年一二月一七日に開催されたので、被上告人の同月一八日及び同月一九日の右行為は、本件第一次出勤停止処分前の行為ではあるがその処分対象には含まれず、本件第二次出勤停止処分の理由とされたものである。

3  懲戒解雇について

(一)  上告人は、本件第二次出勤停止処分の終了する昭和四七年二月一五日に被上告人を呼び出し、被上告人の新しい職場が見付かるまで当分の間自宅待機するように命じた。

(二)  翌一六日、被上告人は、池田第二工場構内へ入構し、これを制止するため駆け付けた警士を振り切つて西阪組作業現場へ行き、被上告人に対する処分が不当であることを従業員に訴えて回つた。そして、被上告人を工場外へ連れ出そうとする警士らに激しく抵抗し、工場内の狭い階段でもみ合いになつた際には、危険を避けるため組立課長の命令でベルトコンベアが三分間停止された。また、この日のもみ合いで、警士三名が胸部打撲傷、面部裂傷又は頸部挫傷の傷害を受けた。

(三)  被上告人は、同月一七日夜、就労を要求して池田第二工場構内への入構を試み、これを阻止しようとする警士らともみ合つたが、いつたん退去した。そして、翌一八日午前一時三〇分ごろ再び現れ、警士のすきを突いて工場内に入り、休憩時間中の西阪組の作業現場へ行き、上告人の処分が不当であることを訴えたが、警士らによつて構外へ連れ出された。しかし、同日夜にも現れ、就労を要求して工場構内への入構を試み、しばらく警士らともみ合つた。

(四)  被上告人は、同月二三日、警士のすきを突いて池田第二工場構内へ駆け込み、駆け付けた数人の警士らが構外へ連れ出そうとしたところ、これに激しく抵抗した。このもみ合いによつて、警士一名が両膝打撲傷、両上肢擦過傷の傷害を受け、二四日間欠勤した。

(五)  上告人は、同年三月三〇日、被上告人が前記就業規則七三条四号、同条五号「勤務怠慢又は素行不良で会社の風紀秩序を乱した者」、同条一二号「故意又は重大な過失により会社に損害を与えた者」及び同条一三号「その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした者」に該当するとして、被上告人に対し、懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)に付する旨の意思表示をした。

本件懲戒解雇の理由とされたのは、被上告人の右(二)及び(四)の行為(同年二月一六日及び同月二三日の行為)を中心として、これに右(三)の行為(同月一七日及び同月一八日の行為)を加えたものである。

二原審の判断

原審は、右事実に基づき、次のとおり判断した。

1  本件第一次出勤停止処分は、懲戒権の濫用とは認められず、適法である。

2 本件第二次出勤停止処分の対象となつた被上告人の行為のうち前記一の2の(三)の行為は就業規則所定の懲戒事由に該当せず、(一)及び(二)の行為は懲戒事由に該当するものの、本件第一次出勤停止処分の対象となつた一連の行為とその目的、態様等において異なるところはなく、その続きにすぎないから、本件第二次出勤停止処分は不当に苛酷な処分であつて無効である。

3  本件懲戒解雇の対象となつた被上告人の行為は懲戒事由には該当するが、上告人は本件第二次出勤停止処分の期間が満了するにもかかわらず合理的理由のない自宅待機命令を発し、いたずらに被上告人の反発を助長したものであつて、被上告人が昭和四六年一二月の自宅待機命令、本件第一次、第二次出勤停止処分に引き続き就労を拒否されたことに焦燥を感じ、強行入構を図り本件懲戒解雇の対象となつた行為に及んだとしても、あながち被上告人を一方的に非難することは相当でなく同情の余地があること、昭和四七年二月一六日にベルトコンベアが停止したことによる被害は微々たるものにすぎないこと、同月二三日の警士の負傷の程度については過大愁訴の疑いがあること、同月一六日及び同月二三日の警士の負傷は警士らと被上告人がもみ合つているうちにたまたま発生したことであつて悪質なものとは認められないこと、被上告人は当時いまだ思慮の定まらない未成年者であつたことなどを考慮すると、苛酷な処分であり、懲戒権の濫用として無効である。

三当裁判所の判断

本件第二次出勤停止処分及び本件懲戒解雇がいずれも権利濫用に当たるとする原審の判断は、首肯することができない。

思うに、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である。

このような見地に立つて、まず本件第二次出勤停止処分をみると、その対象となつた昭和四六年一二月一八日及び同月一九日の行為は、本件第一次出勤停止処分前の所為であり、しかも本件第一次出勤停止処分の対象となつた一連の就労を要求する行為とその目的、態様等において著しく異なるところはないにしても、より一層激しく悪質なものとなり、警士が負傷するに至つていることと、被上告人は本件第一次出勤停止処分を受けたにもかかわらず何らその態度を改めようとせず、右処分は不当で承服できないとしてこれに執拗に反発し、その期間中池田第二工場の門前に現れて右処分の不当を訴えるビラを配布するという挙に出たこととを併せ考えると、本件第二次出勤停止処分は、必ずしも合理的理由を欠くものではなく、社会通念上相当として是認できないものではないといわなければならず、これを目して権利の濫用であるとすることはできない。

次に、本件懲戒解雇について考えるに、原審の確定した前記事実関係によれば、被上告人は、職場規律に服し、上告人の指示命令に従い、企業秩序を遵守するという姿勢を欠いており、自己の主張を貫徹するためひたすら執拗かつ過激な実力行使に終始し、警士の負傷、ベルトコンベアの停止等による職場の混乱を再三にわたり招いているのであつて、その責任は重大であるといわなければならない。

原審は、被上告人の右の行為は昭和四七年二月一五日に発せられた自宅待機命令に反発したためであるところ、上告人の規模及び被上告人の作業内容に照らせば、被上告人に西阪組に代わる職場を与えることは上告人にとつて容易なことであり、その余地と余裕は十分にあつたから、右自宅待機命令は正当な理由なくされたものであるという。しかし、上告人としては、将来の企業秩序の維持にできるだけ支障を及ぼすおそれがないように被上告人の新たな配置先を慎重に決定する必要があり、被上告人の右自宅待機命令に至るまでの一連の行動に徴すると、右の決定が上告人にとつてそれ程容易であつたとは考えられないから、右命令には合理性がないと断定するのは早計のそしりを免れない。また、原審の適法に確定するところによれば、上告人においては自宅待機期間中も賃金は支払われるというのであつて、自宅待機命令は被上告人に対して特段の経済的不利益を及ぼすものではないのであるから、これをもつて被上告人の権益に対する重大な侵害であるかのごとく考えるのは相当でない。したがつて、右自宅待機命令に反発した被上告人の行為に同情の余地があるとすることはできない。

もつとも、被上告人は、昭和四六年一二月一三日に自宅待機命令を受けて以来、引き続き就労を拒否されていることになるのであつて、これに焦燥を感じたとしても若干無理からぬ面があり、上告人の一連の措置には被上告人の立場に対する十分な配慮を欠いたうらみがないではない。しかし、そうであるからといつて、被上告人の行為が是認されるべきいわれはない。被上告人は、実力を行使して工場構内に入構しようとし、そのため多数の警士に傷害を負わせ、更に一時的にもせよ工場内のベルトコンベアを停止せざるをえないような事態を招いているのである。そして、右の警士の度重なる負傷をもつて、原審のいうように偶発的なものと評することはできない。実力をもつてしてもあくまで就労しようと試みる被上告人と、これを阻止しようとする警士らとの間でもみ合いとなるのは必然的な成り行きであつて、その過程で警士が負傷する可能性のあることは被上告人にも当然予見できたことといわなければならない。しかるに、被上告人は、あえてこのような実力による就労という行動に出ているのである。また、原審は、ベルトコンベアの停止したことによる被害の程度は微々たるものであるとして、被上告人の行為のもたらした結果を殊更軽視しようとしているが、被上告人の行為により工場の業務そのものにまでかかる具体的な被害が招来されたことは、むしろ極めて重大な事態といわなければならない。自宅待機命令が必ずしも適切なものではなく、被上告人が右命令は不当なものであると考えたとしても、その撤回を求めるためには社会通念上許容される限度内での適切な手段方法によるほかはないのであつて、被上告人の行為は企業秩序を乱すこと甚だしく、職場規律に反すること著しいものであり、それがいかなる動機、目的の下にされたものであるにせよ、これを容認する余地はない。

被上告人が当時未成年であつたということも、その責任を軽減する理由になるものではない。被上告人は、一人前の労働者として就職し、またそのように処遇されているのであるから、懲戒処分の面においても未成年者であることを特に斟酌すべきいわれはない。また、原審の確定する被上告人の一連の行動に照らすと、本件懲戒解雇の対象となつた被上告人の行為は、思慮が定まらないがゆえのものであるとは認められないし、将来そのような行動が改められる見込みがあるとも推断し難いのであつて、被上告人が未成年者であつたことを考慮すべきであるとする原審の説示は、この点からしても当を得たものではない。

以上のとおり、被上告人としては自己の立場を訴え、その主張を貫徹するにしても、その具体的な手段方法については企業組織の一員としておのずから守るべき限度があるにもかかわらず、本件懲戒解雇の対象となつた被上告人の行為は、その性質、態様に照らして明らかにこの限度を逸脱するものであり、その動機も身勝手なものであつて同情の余地は少なく、その結果も決して軽視できないものである。しかも、被上告人は、長期欠勤の後にようやく出勤してきた昭和四六年一二月八日以来、一貫して反抗的な態度を示し、企業秩序をあえて公然と紊乱してきたのであるから、上告人が、被上告人をなお企業内にとどめ置くことは企業秩序を維持し、適切な労務管理を徹底する見地からしてもはや許されないことであり、事ここに至つては被上告人を企業外に排除するほかはないと判断したとしても、やむをえないことというべきであり、これを苛酷な措置であるとして非難することはできない。それゆえ、以上のような被上告人の行為の性質、態様、結果及び情状並びにこれに対する上告人の対応等に照らせば、上告人が被上告人に対し本件懲戒解雇に及んだことは、客観的にみても合理的理由に基づくものというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものと判断することはできないといわなければならない。

以上の判断と異なる原判決は、権利濫用の法理の適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

四結論

以上の次第で、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そこで、更に、右部分について判断するに、本件第二次出勤停止処分の対象となつた前記一の2の(一)及び(二)の行為並びに本件懲戒解雇の対象となつた前記一の3の(二)ないし(四)の行為はいずれも前記就業規則所定の懲戒事由に該当すると解されるところ、右各処分が右懲戒事由に当たることを理由として行われたものであることは原判決の確定するところであるから、右各処分が被上告人の思想、信条、政治的傾向を嫌悪してされたものであるとの被上告人の主張は採用できず、また、前述のように右各処分が懲戒権を濫用したものということはできないのであるから、右各処分に被上告人主張の違法はなく、本件第二次出勤停止処分の無効確認、右出勤停止期間中の賃金の支払、従業員たる地位を有することの確認及び本件懲戒解雇の意思表示以後の賃金、一時金の支払を求める被上告人の本訴請求は、すべて理由がない。したがつて、これと判断を異にする第一審判決を取り消し、被上告人の右請求をいずれも棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人山田忠史、同平田薫の上告理由

第一、<省略>

第二、原判決は、第二次出勤停止処分及び懲戒解雇処分の効力について法律の解釈を誤まり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右懲戒処分に関する判決は何れも破棄を免れないものである。

一、第二次出勤停止処分について

原判決は昭和四六年一二月一八日、一九日両日の被上告人の行為を懲戒対象とすることについては是認しているものの、右両日の行為について、「警士に発赤程度の負傷を与えたこともあるが、控訴人は当時これが懲戒処分条項に該当するというのではなく、自宅待機命令を無視して就労を要求し、入構を試みた行為が職務上の指示命令違反に該当するとして第二次出勤停止命令を発したのである。」と述べ、右両日警士らに負傷を与え、その所持品を破損した行為を懲戒対象から除外すべきであるかの如き口吻をもらしているのであるが、これは不当である。

警士の負傷や所持品の破損は被上告人の就労斗争の一環として入構強行の際なされたものであり、入構という事実と牽連するものであつて、切離しうるものではない。暴力行為を入構を果すために用いたということは、自宅待機命令違反をより悪質なものとしていることであつて、警士の負傷や、所持品の破損を指示命令違反行為の対象に含めて追及しうるものといわなければならない。

また、原判決は一二月一八日、一九日両日の行為について「このような就労要求、入構行為は、第一次出勤停止処分の対象となつた一連の行為とその目的、態様等において異るところはなく、その続きにすぎない。」から、右両日の行為のみを以つて第二次出勤停止処分を行なうことは被上告人にとつて不当に過酷である旨判示している。第二次出勤停止処分は右両日の行為のみを対象としてなされたものではないことは後述するとおりであるが、右両日のみの行為を以つてしても懲戒処分に該当するものというべきである。成程、原判決の説くように、右両日の行為は被上告人の一連の就労斗争の中での行為には相違ない。しかし、右に認定せられている如く暴力を伴つており、暴力を手段としても入構を辞さないという事案である。同種、一連の行為であるとしても、より悪質であるが故にこの行為のみをとりあげて懲戒するということに十分正当な理由があるというべきである。

事実は、本理由書第一で述べたように、一二月末頃から「守る会」や「支援連絡会議」を組織し、就労斗争をより拡大し、より大きい騒擾と混乱を企図して入構を果すべく、準備していた時期であつた。しかし、原判決の認定では、第一次出勤停止処分期間中の行為はビラ配布行為のみであるとする。そして、ビラ配布行為は表現の自由に属することとさえいえるとし、ビラ配布について上告人がいわれなき中傷誹謗であり、名誉信用を傷つけられたと不快感を抱いたとしてもそのことは職務上の指示命令違反とは別個のことであると判示した。

しかし右判示は不当である。原判決が一八日、一九日両日以外の被上告人の行為がビラ配布行為のみであると認定したことは事実認定に関することであるから別として、ビラ配布行為がそれのみで指示命令違反とは別個のものとする判断には承服し難いのである。ビラ配布自体を独立のものとして被上告人の如何なる行為とも結びつけることなく論ずるのであれば格別、本件のビラ配布の態様とビラの内容は何れも被上告人の就労斗争と密接に関連しているものであつて、警士らに対する暴行と同じく、入構を目的とする就労斗争の手段、戦術としての意味をもつているものである。会社を中傷誹謗することによつて従業員に不安、不信感をうえつけ、入構強行についてあたかも大義名分があるかの如く印象づけ、会社の声価をおとして逆に自らの立場を好転せしめんとしてなされている手段である。すなわちビラの発行目的が被上告人の就労斗争のためであることは疑う余地の無いことである(乙第六八号証乃至七四号証参照)。右ビラ配布は工場ゲリラグループの応援をうけ、自らも工場ゲリラグループのビラを配布しているのである。このように、常に数名の応援を得て勢威を増し、ビラの内容は一方的に会社の中傷誹謗であつた。

例えばビラの内容は、会社を罵しり、悪口をいうもの、「悪らつな会社」「悪らつ資本ダイハツ」「えげつない会社」(乙第七一、七二、七三、七五、九二号証)とか、上告人会社が苛酷な労働を強いていると中傷、誹謗するもの、「トヨタ型労務管理体制は我々にウメキ声さえあげさせないほど厳重にひきつめられるに違いありません」(乙第七〇号証)、「あのウワサにとどろくトヨタの地獄職場と同じ……オレ達を雑布のように使い捨てる会社」(乙第七一号証)、「欠勤できない職場」(乙第九一号証)、「暗黒の職場……」(乙第九三号証)である。

以上のようにビラ配布行為は被上告人の就労斗争と無縁ではない。就労斗争すなわち実力入構のため「守る会」や「支援連絡会議」を組織し、支援集団を集め、(現に一月一八日の抗議集会を準備していたことは右ビラでも明らかである)、さらにシュプレヒコールやビラで会社を中傷、誹謗して不安不信感の醸成につとめる等実力入構の背景作りの重要な戦術として行なわれていたのであるから被上告人が広言してはばからなかつた実力就労の手段として、一八、一九日両日だけでなく、以来引続いて行なわれた実力就労斗争の手段であつたから第一次出勤停止命令に伴い被上告人に対して求められている謹慎に反抗して行われたものというべきである。

以上のように、原判決は一八日、一九日両日の行為の評価を誤り、ビラ配布行為の目的と内容についての評価を誤り、かつ工場ゲリラグループとの一体性についての認識を誤つたため、本来正当たるべき第二次出勤停止処分を無効としたものである。

二、懲戒解雇処分について

原判決は懲戒解雇処分の当否の判断において、原判決認定の被上告人の行為は(工場ゲリラグループとの一体性を認定しなかつたのでこれを含んでいないことは前述のとおり)、一応懲戒事由に該当するが、上告人が「第二次出勤停止処分の期間が満了するにもかかわらず、いわゆる労務と現場との間で被控訴人の処遇に関して意思の疎通が十分でなかつたため、速やかな措置をとらず、日時を経過し、いたずらに被控訴人の反撥を助長したとの指摘をうけても否めないところがあり、加えて被控訴人が当時未だ思慮の定まらない未成年者であつたことなどを考慮すると、被控訴人に対し前記認定の行為をもつて懲戒処分に付すことは過酷な処分といわざるを得ず懲戒権の濫用にあたり、右懲戒解雇は無効というべきである」と判示した(原判決七二〜七三丁)。

右は原判決の結論の一部の引用であるが、被上告人の処遇に関して被上告人の反撥を助長したとの箇所は所謂第二次自宅待機命令に対する反撥を意味すると考えられるので、先ず原判決の右命令に関する判断について述べ、これに法律解釈上の誤りがあり、ひいては懲戒解雇処分を無効とするという不当な結論に達した所以について述べることとする。

1 自宅待機命令の合理性

原判決は、右自宅待機命令を「さして合理的理由のあるものとは思われない」とし(原判決六九丁裏)、その根拠として「控訴人会社の規模及び被控訴人の作業内容に照らせば、被控訴人に第二次出勤停止期間満了後何らかの職場を与えることは容易なことと認められ、職場配置上被控訴人を直ちに作業につけることは困難であつたという控訴人会社の主張は到底首肯し難い」と述べ、被上告人に西阪組(元の職場)以外への配転に反対する態度があつたことや当時現場作業員の反感が多く被上告人の受入れを拒否する態度を示していたとしても、このことを以つて被上告人に直ちに職場を与えない理由と認めることはできない、と判示する。」

しかし、右自宅待機命令が合理性を欠くとの判示は誤つた法の解釈に基づくものと云わざるを得ないのである。もともと、労使間では、如何なる業務命令にせよ、規則にせよ、命令そのもの、規則の定立そのものが合理性を有することが必要であり、合理性を欠くことにより命令や規則が存立の基盤を失うことは今日ほぼ多くの判例によつて承認されていることである。例えばリボン斗争事件等で、企業内で従業員が“服装を正しくする”ことが服務規程にある場合、右規程が各企業の目的、すなわち旅客運送業やホテル経営という企業の運営にてらして合理性を有するか否か判断され、合理性を有する場合この規程は従業員を規律するものとして機能することが承認されている。これは各規則、規程のみならず、個々の命令の場合にも妥当する考えである。かかる意味では規則、命令が合理性を有する必要があるというのは規則、命令そのものに内在する制約といえるのである。このことと規則、命令の具体的な適用に当つて、規則、命令の効力が左右されるような外在的な制約があることとは別個のこととして考えられるべきである。右の例で云えば、服装規程が合理性を有するけれども、具体的事例に遭遇したとき、規程を適用することが労働者の団結の自由を侵すことになるから有効あるいは無効が云々されるということは、外在的な制約との関係での効力性の問題であり、規程の合理性の論究とは別異のことである。

右に述べた観点からみれば、本件自宅待機命令に合理性が欠如しているかどうかは、自宅待機命令そのものの性質に着目して判断されるべきことであつて、その自宅待機命令によつて、被上告人が如何程の不利益をうけるかは自宅待機命令の効力性の問題として論理的に次の段階にて論及されるべきことであると考える。

第一審では、右自宅待機命令の合理性の欠如を無期限であるからとした。しかし原審の認定では、当分の間の自宅待機命令であると認定し、復職命令が近いことを前提としたものであることを認めている。(六二丁裏)。従つて期限の点で合理性を欠くとの非難はあたらない。もともと要員配置は労務指揮権に属し、その作用は所謂人事権と称せられるもので使用者の形成的作用であるとされているが、本件自宅待機命令も亦、会社の労務指揮権として発動されているものである。会社が策定した要員計画のもとに、高い生産性を実現するために工場の各組毎の綿密な要員配置を行なつていることは、原審船寺証人の証言で明らかである。原判決は「会社の現場での作業内容は精巧な機構を有する自動車を製造するものであり、ベルトコンベア上を4.5メートル間隔で数分おきに移動してくる自動車に所定の作業を施すのであるから、一定の高度の技術を要するが、他面各従業員の作業内容は作業手順書、作業要領書によつて細かく分断され極めて単純化されている」と被上告人らの作業が単純化されている面にのみスポットライトをあててみているが、これは一面的な見方である。原判決の右引用文は高度の技術を発揮するために、工程を細分化し、それを標準化することにより、工程の一区分を単独作業、単純作業を可能としたのであるが、さればこそ、工程の各セクションに配置される作業者の数と作業量は整然と割出され、高度の技術と高い生産性という双方の要請を同時に充たしうるのである。従つて会社の規模が大きく、作業者の作業が単純作業であるから、どこへでも、ただちに要員として配置しうるというものではない。余剰員をみだりに配置することは生産性を低くするだけでなく、作業体制の崩壊をもたらし、ひいては高度の技術性を発揮できなくするのである。余剰となつてもよいから、どこかへ配置させよということは、少くとも上告人会社にとつては不都合であり、かかる要員配置は不合理極まりないということになる。余剰でもよいから職場配置せよということは、如何なる会社でも物理的には可能である。会社の規模、作業の単純化という事由とは関係がない。しかし、高度の技術、生産性を目指す企業にあつてはかかる不合理なものはないのである。

本件自宅待機命令は、要員計面に逆行する形での職場配置ができないこと、被上告人を受入れる職場に納得を与え、被上告人にとつてもできるだけの納得性をもつ職場(組立工として)を選定するために、当分の間の時間が必要であるために発令したのであるから、決して不合理なものとは云えず、合理的な措置であつた。これと反対に、要員計画に逆行し、受入れ職場、被上告人の納得性を無視して暫定的な職場につける就労命令を発したとすればこれは極めて不合理であると非難される筋合のものである。要するに、本件の自宅待機命令そのものに何ら合理性に欠くるところはないというべきである。

2 自宅待機命令の正当性

原判決は自宅待機命令は正当な理由なくなされたものであると断定するけれども、命令の合理性の有無がただちに正当性の有無に結びつくものでなく、ここにはいささか論理の飛躍がある。

原判決の意のあるところを汲むと、ただちに職場を与えないことを以つて不当であると非難しているもののようである。右に述べたことから、自宅待機命令が正当か不当かという判断基準はただちに職場を与えなかつたことが、被上告人に著しい不利益を与えたか否か、あるいは自宅待機命令が何らか会社の不当な意図のもとに行なわれたか否かが吟味されるべきものであると思料する。

ところで、原判決は自宅待機命令を何らかの不当な意図を以つて行なつたとは認定していないし、現実に上告人としては要員配置計画に添うことと、受入職場と就業者の納得性という理由から自宅待機命令を発したものであるから、この点不当な意図を以つてなしたと非難されるいわれはないものである。従つて、自宅待機命令が被上告人に対して何らかの不利益をもたらしたか否かが命令の当否の唯一の判断基準となるべきものである。

第一審、第二審を通じて、被上告人は就労請求権が労働者にあることを主張し、自宅待機命令が不当であると非難している。しかし被上告人の主張するような就労請求権は認めうる余地はなく、原判決もこれを容認してはいない。上告人は自宅待機命令という形で被上告人から労務提供を受けることを拒んでいるが、賃金の支払を申出ているので債務の不履行もない。要するに雇傭契約上被上告人は何らの不利益も蒙つていないのである。

また社会生活上、あるいは職場内に於いて何らかの不利益が生じたか否かについては、被上告人の方で主張、立証すべきところ、被上告人は「そもそも労働者が労務の提供を申出る以上、使用者がその者についてのみ何らの正当な理由なくそのものから労務を受理しないときは、例えば残業の機会を奪われるとか、労働者の職場上長からの評価に影響を及ぼすとか、その他有形、無形の利益を得ることができる労働者に対して不利益な取り扱いをなしたものと云わなければならないのであつて、かかる措置が違法のものとの評価を受けざるを得ないのは当然である」(原告準備書面51.12.13)と主張する。

しかし、右主張は本件で適切なものとは云えない。残業の機会とは経済的利益のことと理解せられるが、生活給の大半を残業手当に依存している職場ならいざ知らず、かかる特殊な事情のない本件では、とくに被上告人の不利益をきたすことはない。また自宅待機命令(ないしは労務受領拒否)が本件では人事考課に影響することもないから、職場上長の評価とは何の関係もない。被上告人が例示するところのものは、本件では適切なものではないのである。要するに本件自宅待機命令は被上告人の法律上、事実上の利益を侵すものでなく、この点から不当と譏られるいわれの無いものである。

3 動機の評価

原判決は被上告人が「引き続き就労を拒否されたことに焦燥を感じ、強行入構をはかり」とか、「不当な自宅待機命令に反抗して行なわれたものであり、……このような行為(実力をもつて就労すること)に及んで被控訴人にもかなり同情の余地がある」とか、「労務と現場との間で被控訴人の処遇に関して意思の疏通が十分でなかつたため速やかな措置をとらず、日時を経過し、いたずらに被控訴人の反撥を助長した」と述べて、焦燥、反抗、反撥について同情的である。しかしここで指摘しておきたいことは焦燥、反抗心、反撥というも何れも実力就労を行つた動機であつて、被上告人の行為に当つての主観的要素が自宅待機命令の効力性には何ら影響を及ぼすことはないということである。

原判決は焦燥、反抗、反機が何故同情に価いするのかについては全く説得力を欠いている。一般に動機が行為の非難度を軽減し、違法性や有責性を緩和することはありうるが、それは行為との関連に於いて、社会通念上相当と是認されるものでなければならない。本件では実力を用い、人の身体に危害をもたらすが如き非違行為に迄発展し、それを執拗に繰返したのであつて、かかる行為と関連して焦燥、反撥という動機が行為の非難度を軽減するかについてはにわかに納得できないのである。

上告人が原審でも主張したように、被上告人の実力就労の主要な動機は焦燥ではなく、配転に対する不満であり、配転に対する反抗、反撥であつたのである。

昭和四七年二月一五日には直ちに被上告人を職場に配置しうる状況になかつたが、池田工場組立課において再度検討し、それが無理であるなら西宮工場の組立課という線で、すでに調整に入つている段階であつた。上告人は被上告人に対し、西阪組への復帰は考えられないこと、適当な職場の腹案のあること、しかし正式に決まるまでに至つていないことを告げたうえ当分の間の自宅待機命令を発しているのである。これに対し、被上告人はただちに配転反対を唱えて、上告人会社船寺課長の説明半ばにして退席し、翌一六日からは「配転→島流し」反対の運動を開始するのである。被上告人が同日配布したビラ「守る会ニュースNo.29」(乙第七七号証)によると、自宅待機命令イコール配置転換であると理解していることは明瞭である。原判決は「新しい職場が見つかるまで当分の間自宅待機するよう命じた」と認定しているのであるが、被上告人のすばやい配転反対という対応をみても明らかなように、船寺課長の説明のニュアンスも被上告人の受けとり方も遠からざる日の配転を想定したものだつたのである。また原判決は「被控訴人(被上告人)が西阪組以外(例えば西宮工場)への配転に反対する態度を示したことは前掲証拠によつて窺えないわけではないが」と判示しているが、被上告人が成立を認める乙第七七号証のビラに明瞭に西阪組以外への配転に反対することが記載されているのであつて、単に窺い知りうるという程度のものではない。従つて、被上告人が、自宅待機の初日に当る二月一六日以降行なつた強行入構等の非違行為は、元の西阪組に復帰できなくなり同じ組立課(同職種)とはいえ他の職場に配置される(例えば西宮工場への配転)ことに不満を抱き、反撥、反抗して西阪組の旧職場に復帰就労させることを求めて行なつたものと断ぜざるを得ないものである。

仮に元の職場に直ちに就労できないというだけの「不満」「焦燥」が被上告人にあつたとしても、かかる動機こそ身勝手に過ぎ、行為の評価に当つて同情の余地のないものといわざるを得ないのである。

4 未成年への配慮

さらに、原判決は被上告人が「当時未だ思慮の定まらない末成年者であつたことを考慮」すべきである旨判示するが、上告会社は第一次自宅待機命令を発した頃より被上告人が未成年者であることを配慮して、被上告人本人に対する指導、説得、コミュニケーションの努力はもちろん保護者たる両親と連絡をとり共に指導、説得に当ろうと努力したのである。しかしこの努力は被上告人及び両親らに一方的に(被上告人は敵対的態度でさえあつた)拒否されたのであつて、懲戒処分に迄至つた各事案を未然に阻止することは、一私企業たる上告会社にとつての保護者的機能をこえたものであつた。上告人の右努力について原判決には特に記載するところはないが、昭和五四年九月一八日付控訴人会社準備書面三(一)(二)で主張したとおりであり、このことは同書面で引用した各証拠で明らかであるから(乙第五五号証の一、二)原判決も当然しんしやくすべきであり、未成年であるから同情すべき余地があるとするのは甚だ偏つた解釈に過ぎるものである。

右のように、原判決には自宅待機命令の合理性、効力に関して示した法の一般条項に関する解釈に誤りがあり、動機等情状についての評価上の誤りと相俟つて本件懲戒解雇処分を以つて解雇権の濫用であるとしたことは法律の解釈を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はすみやかに破棄されるべきである。

さらに付言すれば、本理由書第一で述べた、工場ゲリラグループとの共同行為が加味せられるならば、本件解雇処分を無効とするいわれ全く無くなるものといわざるを得ない。

以上述べたとおり、原判決の第二次出勤停止処分及び懲戒解雇処分についての理由には、審理不尽、採証法則違反、法律解釈の誤り等の法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決の破棄を求めて上告に及んだ次第である。

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